工業立国から金融立国へのシフトを考える
外国為替取引に課税する通貨取引税の導入に向け、官民による検討委員会が2009年1月にも立ち上がる見通しとなった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081230-00000101-jij-bus_all
通貨取引税 - もしこれが実現されるようなことがあれば、世紀の愚作と呼ぶべきものになるだろう。
異常に積み立てられた外貨準備
2007年末時点、日本の外貨準備高は当時のレートで110兆円ほどもある。
110兆円というと、日本の名目GDPは約520兆円であるから、名目GDPの約20%、対外純資産*1の合計は約250兆円であるから、対外純資産の約44%を占める規模だ。
この膨大な外貨準備は、財務大臣によって日銀を通じて執行された注文の累積である。そのほとんどは米国債の購入に使われている。これほどの資金が、なんの努力もなしに無秩序に運用され、為替リスク・変動リスクにさらされているということになる。この対外純資産に占める割合の水準は、経済規模の大きくなった先進国としては異常なほどに高い。
例えば、ドイツの対外純資産は2007年度時点で87兆円あるが、政府の外貨準備は約5兆円であり、比率にして約5.7%にとどまる。
外貨準備は、特別会計により運用されている。
日本国の貸借対照表は、資産約680兆円、負債約1000兆円であり、この規模はたびたび論争の的になる。小泉政権は小さい政府を目指して失敗したと、野党陣営から批判を浴びるが、竹中金融大臣の時代に外貨準備は大規模な為替介入によって約47兆円増えていて、日本国の貸借対照表の規模は拡大していた。(もちろん郵政民営化を行い、ゆうちょ・簡保を切り離したことはまだ国の貸借対照表には反映されていないため、単純に現時点の数字で評価することはできないが)
海外資産のあるべき形
市場経済が正しいと仮定すれば、国が無秩序に多額の資金を運用することは間違いで、民間(個人も含めて)が運用を行ったほうがいい。
日本の外貨準備の運用は、そのほとんどが米国債の買い入れによって行われている。そのために、アメリカが貿易赤字と財政赤字という双子の赤字を継続することが可能であったという面もある。日本や中国といった国々のこうした無秩序な外貨準備の運用が、金融危機の原因となった過剰流動性に多大に貢献してしまったのだ。
理想的には、対外純資産の規模を変えずに、外貨準備の対外資産に対する割合を下げるべきだ。それには、民間に海外資産を増やしてもらうことだ。政府は対外純資産と為替レートをみながら、徐々に外貨準備を減らし、対外純資産を維持する。
民間の海外投資を増やし、その分政府の海外資産を減らすというわけだ。
そのために望まれる政策、2つの柱
つまり、民間に海外資産の獲得が魅力的なものとなるような政策が必要になってくる。そのためには、投資コストの低下と投資リスクの減少を目指すことだ。具体的には、1.各種規制の緩和、2.海外投資に対する政府の援助を行うといい。
1については、減税や事務手続きの簡素化、販売窓口等販路の拡大のための規制緩和が、2については、外交を用いて投資先の拡大を行うことや、カントリーリスクに対する政府の保証などといった政策を実施することが考えられる。メガバンクにコルレス契約を拡大させてみるのも面白い。
日本人は貯蓄率が高く、元来投資はあまり好まない性質のようであるから、政府が海外投資を適切にバックアップをしたとしても成果がでるには長い時間が必要となるに違いない。
まして、上記の記事中にある、通貨取引税を導入することは、民間による対外資産の獲得にネガティブに働いてしまう。これでは円高誘引が強まり、政府は更にこのいびつな構造を拡大することになる。
麻生内閣は、特別会計を取り崩して景気対策に利用するという手法で、バランスシートの規模を縮小する、自民党始まって以来の内閣である。外貨準備を減らすことは、バランスシートの規模とリスクの軽減も意味する。ぜひ、国家から民間への海外資産のシフトを実施してもらいたいと思う。
金融立国とは政府が海外投資をやることではなく、民間が民間の力で海外から金融収益をあげることによって達成されるものだ。